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写真の撮り方ではなくて見方を勉強すべきだった


どうもこんにちは。新田です。

 

タイトルの通りですが、

 

写真の撮り方やイメージを具現化する方法、みたいなことは僕も皆様もかなり勉強してきたと思いますが、

 

「写真の見方」ってどうでしょう??

 

実は写真を見るには歴史を勉強する必要があり、作家のバックボーンを知る必要があり、「絵」として観る能力も必要であり、実は撮るよりも難しいのです。

 

撮るのはシャッター押せばとりあえず撮れますから。しかしながら「写真を鑑賞する」というのは難しい。

 

例えば僕が好きなヨーガン・テラーやティルマンスや、超大御所で言えばエグルストンとか、単純に見たらスナップで簡単に撮れそう、に見えちゃう。だからこぞって真似しようとみんなするわけですね。

 

しかしながら勉強すればするほど、「これはできないなああああ」と深く絶望しますね。

 

「いい写真」と「そうでない写真」を見分ける、そういう能力はSNSに写真が不可欠になった今もっとも必要な能力ではないでしょうか。イメージを写真で表現する我々はなおさら。

 

その辺りもオンラインサロンでどんどん勉強していただこうと考えております。

 

さてさて、オンラインサロン「57union」では皆様に作品を撮ってもらって僕が拙いながらも評価させていただいておりますが、

 

皆様どんどん上手くなり、たまにこっちが血を吐きそうな気分になる(いい意味で)作品を上げてきます。

 

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小菅さん

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伊藤さん

 

最近ではこの二つの作品が個人的に刺さりました。

 

ヘアの作り方が丁寧で繊細。モデルの思慮深げな表情もいい。構図もいい。色味もいい。もっと上手くなれる可能性を感じます。

 

もっと素晴らしい作品を撮っていっていただきたいものです。

 

しかしながら、やはりこのSNSの時代には「リスペクトのないオマージュ=パクリ」がハンパなく横行しています。

 

よく知ってるモデルさんや美容師さんから「これもろに新田さんのパクリじゃ、、」というスクショが送られてきます。

 

ま、アイデアとかだけなら別に僕からという確証もないだろうし別に、、という感じですが、

 

撮り方まるっきり同じ、キャプション(文章)とか、僕がブログで書いているこだわりとか、信念とか、そういうのまで同じように書いている方が多々いらっしゃいまして、

 

それはもう「オメーの写真はなんも写ってねーなこのち○カス」と言葉をかけてあげたいです。

 

嫌なものですよ、面識のない人にごっそり持ってかれて、あたかも自分の言葉のように発信されるのは。

 

自分をしっかり持って、ちゃんと歴史やアートとの関係を勉強して、自分の写真を撮りましょう。

 

例え下手でも、そういう姿勢が写るのが写真の素晴らしいところではないでしょうか。

 

Chao!

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